散骨のあと、心が落ち着かないあなたへ──母を見送った娘の、グリーフケアの話
「散骨も終えたのに、なんだか心が落ち着かない」
そんなふうに感じている方に、読んでいただけたらと思って書いています。
私は15年前、母を海に還しました。看護師として、たくさんのご家族の悲しみにも寄り添ってきましたが、自分の母を見送ったあとの気持ちは、知識だけでは追いつかないものでした。
このページでは、散骨を終えたあとの心の揺れと、その向き合い方を、体験者として、そして看護師としてお伝えします。グリーフケアという言葉になじみがない方にも、肩の力が抜けるような内容にできたらと思っています。
グリーフケアとは、大切な人を亡くした悲しみ(グリーフ)と向き合い、回復していく過程をやさしく支えることを言います。特別な人だけが必要なものではなく、見送ったあとのだれもが、少しずつ通っていく道のことです。
散骨のあとに訪れる「ぽっかり」した感じ
散骨は、お墓と違って遺骨が手元に残りません。
その身軽さに救われる一方で、見送ったあとに「会いに行く場所がない気がする」「区切りがつかない」と感じる方は少なくありません。私自身も、散骨を終えた帰り道、晴れやかさと寂しさが同時にやってくる、不思議な感覚でした。
これは、散骨を選んだから起きることではありません。お墓を建てた方も、納骨を終えた方も、見送りのあとには似たような揺れを感じます。「これでよかったのかな」とふと思ってしまうのは、ごく自然な心の動きなのだと思います。
悲しみには「順番」も「期限」もない
看護師として学んできたことの一つに、悲嘆(ひたん)のプロセスがあります。悲嘆とは、大切な人を失ったあとに起こる、悲しみや喪失の心の反応のことです。
教科書には「ショック」「否認」「受容」といった段階が出てきますが、現場で感じたのは、その順番どおりに進む人はほとんどいないということでした。
- 落ち着いたと思った数か月後に、急に涙が出る
- 命日でもない日に、ふいに胸がつまる
- 笑える日と、何も手につかない日が、行ったり来たりする
こうした揺り戻しは、心が壊れているサインではなく、回復の途中で自然に起きることです。「もう何年も経つのに」と自分を責める必要はないと、私は思っています。
散骨後の心を、少しだけ軽くする向き合い方
正解はありませんが、私自身が助けられたことや、ご家族に寄り添う中で感じたことを、いくつかお伝えします。
「会いに行く場所」は、自分で決めていい
散骨はお墓がないぶん、手を合わせる場所を自分で選べます。
私にとっては、母を還した海そのものが、いつでも会いに行ける場所になりました。遠くて行けない日は、家で母の写真に話しかけるだけでも、ちゃんと気持ちは届く気がしています。決まった場所がないことは、どこででも思い出せる、ということでもありました。
思い出を「しまわない」
悲しみが深いと、つらくて写真や遺品を見られなくなることがあります。
無理に見る必要はありませんが、少し落ち着いてきたら、思い出を日常の中にそっと置いておくことが、心の整理を助けてくれることがあります。私は母が好きだった花を、季節になると飾るようにしています。
自分を、ほかの人と比べない
「あの人はもう元気そうなのに、自分はまだ」と、回復のスピードを比べてしまう方は多いです。
けれど悲しみの大きさも、立ち直る速さも、その人と故人の関係によってまったく違います。比べる必要はまったくないと、看護師としても、娘としても感じています。
つらさが続くときは、ひとりで抱えこまないで
時間が経っても、眠れない・食べられない・何も手につかない状態が長く続くときは、心が限界のサインを出していることがあります。
そんなときは、ひとりで抱えこまずに、専門のサポートを頼ってよいと思います。
- グリーフケア外来や、遺族会(同じように大切な人を亡くした方が集う場)があります
- かかりつけ医や、地域の相談窓口でも、話を聞いてもらえます
- 「こんなことで」と思わずに、つらいと感じたら早めに頼るほうがいいかなと思います
弱さではなく、自分を大切にする選択です。私も、人に話すことで少しずつ気持ちがほどけていった一人です。
海は、悲しむためだけの場所ではなくなる
最後に、ひとつだけ。
母を還したばかりの頃、海は「悲しみに行く場所」でした。けれど15年たった今、海はふと疲れたときに、息をつきに行く場所に変わりました。
手を合わせるというより、波の音を思い浮かべるだけで、少し落ち着く。会いに行く場所が、悲しい場所じゃなくなる日が、ちゃんと来るのだと思います。
今、心が落ち着かない方も、どうかご自分のペースで大丈夫です。急がず、比べず、少しずつ。そんな気持ちで過ごしていただけたらいいなと思っています。