「お墓を残さない」という、母の選択──娘として向き合った15年
「自分のお墓は、いらないから」
母が、そう私に言ったのは、闘病が始まる、ずっと前のことでした。
当時の私は、なぜ母がそう言うのか、まだ深くは理解できていませんでした。「お墓を残さない」という選択を、母はどんな想いで決めたのか。そして、娘の私は、それをどう受け止めてきたのか。
15年経った今、ようやくまとめて言葉にできることを、書き残しておこうと思います。
母が「お墓はいらない」と言いはじめた頃のこと
母から「お墓はいらない」と聞いた最初のときのことを、私は今でもよく覚えています。
何かの世間話の流れだったように思います。テレビで終活の特集が組まれていて、母がぽつりと言ったのです。
「私はね、お墓はいらないの。あなたに管理を残したくないから」
そのとき、まだ母は元気で、病気の影もありませんでした。だから私は、軽い気持ちで「うん、わかった」と答えた記憶があります。
でも、母の口調は思いのほか、はっきりしていました。「いらない」というよりは、「残さない」と決めている。そんな印象でした。
「縛られたくない」が、母の人生観
母は、母子家庭で私を育ててくれた人でした。
自分の親(私の祖父母)の介護も経験してきて、お墓の管理、お寺さんとの付き合い、法要のたびに動く家族のこと。母はそういう「家のしがらみ」を、ずっと見てきたのだと思います。
そんな母が、ある日こう言いました。
「亡くなった後まで、家族や場所に縛られたくないの。 私は、自由でいたい」
これが、母の人生観だったのだと、今は思います。
母にとって「お墓を残さない」というのは、寂しい選択ではなく、自分の生き方を最後まで貫くための、自然な決断だったのです。
看護師の現場で聞いた「最後の選択」のこと
私は、看護師として、たくさんの患者さんとそのご家族の「最後の時間」に立ち会ってきました。
中には、母と同じように「お墓はいらない」と話される方もいらっしゃいました。
「子どもに迷惑をかけたくない」 「自分のためのお墓は、いらないんです」 「自然に還りたい」
患者さんが穏やかに、そう話される瞬間に、私はいつも母のことを思い出していました。
逆に、「お墓を継いでほしい」と強く願うご家族もいらっしゃいました。それも、もちろん尊い想いです。
正解はひとつではないのだと、現場で多くのご家族と接するうちに、深く感じるようになりました。
母の選択に、私が向き合うまで
母の意志をはっきり知ってから、私の中に芽生えた感情は、正直なところ、複雑でした。
「お墓を残さないって、本当にいいのかな」 「親不孝なのではないかな」 「世間の人にどう思われるだろう」
そんな迷いが、何度も心に浮かびました。
でも、看護師としての経験と、母自身が伝えてくれた言葉を、何度も思い返すうちに、少しずつ、私の中で答えがまとまっていきました。
母の選択を、私が「正解」にする必要はないんだ。 ただ、母の意志を、そのまま受け止めればいい。
それが、母を尊重するということだと、ようやく腑に落ちたのです。
闘病が始まってからは、母はさらにはっきりと「散骨してほしい」と言うようになりました。私は、母のその想いを、家族で叶える方向で動き始めました。
同じ選択を考えているあなたへ
もしあなたが今、ご家族のお墓のことについて迷っているなら。 あるいは、ご自身が「お墓はいらない」と感じていて、家族にどう伝えたらいいか悩んでいるなら。
私からお伝えしたいのは、たったひとつのことです。
「お墓を残さない」という選択は、間違いではありません。それは、家族を大切に思う気持ちから生まれる、優しい選択でもあります。 あるいは、ご自身の生き方を貫きたいという、芯のある選択でもあります。
15年経った今、母の選択を「正解だった」と、私ははっきり言えます。
ただし、急いで決める必要はありません。 家族と、ゆっくり話し合う時間を、大切にしてください。
私が母と話せたあの時間、そして、最後まで母の意志を尊重できたことは、私自身の人生にとっても、大きな贈り物になりました。