自分の散骨を生前に準備する──エンディングノートと、家族への伝え方
「自分が死んだら、お墓ではなく海に還してほしい」
そんなふうに考える方が、近ごろ静かに増えているように感じます。
私は15年前、母を海に散骨しました。母自身が元気なうちに「海に還してね」と話していたから、迷いながらもその希望に沿うことができました。今になって思うのは、本人の気持ちが生前にきちんと伝わっていたことが、残された家族をどれだけ支えてくれたかということです。
このページでは、自分の散骨を望む方が生前にできる準備を、体験者として、そして看護師として見送りに寄り添ってきた立場から、やさしくお伝えします。
なぜ、生前の準備が大切なのか
散骨は、お墓に納める供養と違って、まだ「当たり前」になりきっていない見送り方です。だからこそ、本人の希望が伝わっていないと、残された家族が「本当にこれでよかったのか」と長く悩んでしまうことがあります。
私が看護師として多くのご家族を見てきて感じるのは、見送りのあとに後悔が残るかどうかは、「故人が何を望んでいたかを、家族が知っていたか」に大きく左右されるということです。
逆に言えば、生前に希望を残しておくだけで、家族は「これは本人が望んだことだから」と胸を張って見送れます。準備は、自分のためというより、遺される人への思いやりなのだと思います。
エンディングノートに書いておきたいこと
エンディングノートとは、自分の希望や情報を家族に伝えるために書き残しておくノートのことです。法的な効力はありませんが、気持ちや希望を自由に書ける、いちばん身近な終活の道具です。
散骨を望む場合、次のようなことを書いておくと、家族が動きやすくなります。
- 散骨を希望すること(できれば理由も一言)
- どこの海がいいか(思い出の場所など、希望があれば)
- 全部を散骨してほしいか、一部は手元に残してもよいか
- 費用について、どこまで準備があるか
- 相談してよい業者や、調べてある情報があれば
特に「全部を撒くか、一部を残すか」は、家族の気持ちにも関わる大事なポイントです。手元供養といって、遺骨の一部を小さな骨壺やペンダントに納めて手元に残す方法もあります。残された人が「全部はお別れできない」と感じることもあるので、選択肢を一言そえておくとやさしいなと思います。
法的な効力がほしいときは「遺言」も
エンディングノートは気持ちを伝えるものですが、財産の分け方など法的な効力をもたせたいことは、遺言(いごん・ゆいごん)に書く必要があります。遺言とは、亡くなったあとの財産の扱いなどについて、法律で定められた形式で残す文書のことです。
ただ、散骨そのものの希望は、遺言よりもエンディングノートや、生前の会話で伝わっているほうが現実的に動きやすい面があります。遺言は亡くなったあとに開封されることも多く、見送りの段取りには間に合わないことがあるからです。
お金や相続にかかわる部分は専門家に相談するのが安心ですが、「海に還してほしい」という気持ちは、まず家族に直接伝えておくのがいちばんだと、私は実感しています。
家族に希望を伝えるときのコツ
母が「海に還してね」と言ったとき、私は正直、最初は受け流していました。まだそんな話は早いよ、と。でも母の希望は本気で、何度か穏やかに伝えてくれたおかげで、いざというときに迷わずにすみました。
自分の希望を家族に伝えるときは、次のようなことを意識すると、相手も受け止めやすくなります。
- 深刻にしすぎず、元気なうちに、ふだんの会話の延長で話す
- 「なぜそうしたいか」を一言そえる(自然が好き、墓守の負担をかけたくない、など)
- 一度で分かってもらおうとせず、何度かに分けて伝える
- 反対する家族がいても、感情的にならずに気持ちを置いておく
反対されるのが怖くて言い出せない、という方も多いと思います。私も母の散骨を家族に伝えるときは、看護師として多くの最期に寄り添ってきた経験も添えながら、ゆっくり話しました。一度でわかってもらえなくても、本人の願いを繰り返し伝えることが、いちばんの準備になります。
家族の反対が心配な方は、伝え方をまとめた記事もあわせて読んでみてくださいね。
準備しておくと、こんなに気持ちが軽くなる
生前に準備をしておくと、自分自身も「あとはお願いね」と肩の荷が下りるような安心感があります。そして何より、残される家族が「本人が望んだ見送り」を、後悔なく選べるようになります。
母を海に還して15年、私は一度も後悔していません。それは、母の気持ちがちゃんと伝わっていたからだと思います。
準備というと身構えてしまうかもしれませんが、まずはエンディングノートに一行、「海に還してほしい」と書いてみるところから始めてみるといいかもしれません。それだけでも、大切な一歩になると思います。