体験記 2026.05.12 読了 6分

15年たって、母に伝えたいこと──娘から、海のあなたへ

母を海洋散骨で見送ってから、もう15年。看護師として、娘として、家族として歩んできた日々を振り返り、いま母に伝えたいことを綴ります。

お母さん、元気にしてる?

私はいま、海辺の街で、相変わらず看護師として働いて、家族と穏やかに暮らしてるよ。

あなたを海に還してから、もう15年が経つんだね。 気がついたら、お母さんが旅立ったときの年齢に、私もそろそろ近づいてきた。

このサイトを始めたのは、ちょうどそのことを意識しはじめた頃。 あなたに伝えたかったこと、いまだからこそ書けることを、ゆっくり、書き残しておきたいと思って。

15年経った、いまの私

15年前のあの日、海の上で泣きながら、私は心の中で何度も「お母さん」とつぶやいていました。

別れの寂しさと、母の意志を叶えられた安堵が、同時にあった、不思議な一日でした。

それから15年。

私は看護師としての仕事を続け、緩和ケアの領域にも携わるようになりました。家族にも恵まれ、ささやかですが、笑顔の多い日々を送れています。

あの日、お母さんを海に還したあとの私は、思っていたよりも、ちゃんと前を向けていました。

お墓参りに行けないことが、寂しくないかと、何度か聞かれたことがあります。

でも、海さえあれば、私はいつでもお母さんに会えるから。 そう答えてきました。

「お母さんを送ってよかった」と、何度も思った

15年のあいだに、何度も「お母さんを散骨で送ってよかった」と思う瞬間がありました。

旅先で、海を見たとき。 朝、ベランダから海を眺めたとき。 仕事で疲れたあと、近くの海岸を歩いたとき。

「あ、お母さんがいる」

そう感じる場所が、私の人生のいたるところにありました。

決まった場所にしかいないお母さんではなく、海とつながったすべての場所に、お母さんがいる。 それは、想像していた以上に、私にとって救いになる感覚でした。

海を見るたびに、思い出すこと

時々、お母さんと最期に交わした言葉を、思い出します。

「お母さんはもう、自由になるから」 「あなたも、自由に生きていいのよ」

そう言ってくれたお母さんの言葉に、私は、何度励まされてきたかわかりません。

仕事でつらいことがあったとき、家族との関係に迷ったとき。 「自由に生きていい」というお母さんの言葉が、私の背中をそっと押してくれます。

看護師として、母から教わったこと

看護師という仕事を続けながら、私は、お母さんから教わったことを、日々現場で活かしています。

「最期の選択は、ご本人のもの」 「ご家族の想いも、ていねいに受け止める」 「正解は、ひとつではない」

これらは、お母さんとの時間が、私に教えてくれたことです。

患者さんやそのご家族に向き合うとき、私はいつも、お母さんの顔を思い浮かべます。

「もし、私の母がここにいたら、どう感じるだろう?」 そう自分に問いかけながら、ケアの一つひとつを大切にしています。

お母さんを送ったあの経験は、私の看護師としての軸を、深く育ててくれました。

これからの私が、伝えたいこと

このサイトを通じて、私が伝えたいことは、たったひとつです。

「お墓ではない選択も、ある」 そして、「その選択を、後悔することは、きっとない」

お母さんを散骨で送って、私はいま、心から穏やかに生きています。

15年というのは、長いようで、あっという間でした。 でも、その時間のあいだ、私が一度もお母さんを「遠い」と感じなかったのは、海とつながっているからだと思います。


お母さん。

これからも、世界中の海のなかで、自由に旅していてね。 時々、私の住む海辺の街に、ふらっと戻ってきて。

私はいつでも、海のほうを見ているよ。


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