15年たって、母に伝えたいこと──娘から、海のあなたへ
お母さん、元気にしてる?
私はいま、海辺の街で、相変わらず看護師として働いて、家族と穏やかに暮らしてるよ。
あなたを海に還してから、もう15年が経つんだね。 気がついたら、お母さんが旅立ったときの年齢に、私もそろそろ近づいてきた。
このサイトを始めたのは、ちょうどそのことを意識しはじめた頃。 あなたに伝えたかったこと、いまだからこそ書けることを、ゆっくり、書き残しておきたいと思って。
15年経った、いまの私
15年前のあの日、海の上で泣きながら、私は心の中で何度も「お母さん」とつぶやいていました。
別れの寂しさと、母の意志を叶えられた安堵が、同時にあった、不思議な一日でした。
それから15年。
私は看護師としての仕事を続け、緩和ケアの領域にも携わるようになりました。家族にも恵まれ、ささやかですが、笑顔の多い日々を送れています。
あの日、お母さんを海に還したあとの私は、思っていたよりも、ちゃんと前を向けていました。お墓参りに行けないことが、寂しくないかと、何度か聞かれたことがあります。
でも、海さえあれば、私はいつでもお母さんに会えるから。 そう答えてきました。
「お母さんを送ってよかった」と、何度も思った
15年のあいだに、何度も「お母さんを散骨で送ってよかった」と思う瞬間がありました。
旅先で、海を見たとき。 朝、ベランダから海を眺めたとき。 仕事で疲れたあと、近くの海岸を歩いたとき。
「あ、お母さんがいる」
そう感じる場所が、私の人生のいたるところにありました。
決まった場所にしかいないお母さんではなく、海とつながったすべての場所に、お母さんがいる。 それは、想像していた以上に、私にとって救いになる感覚でした。
海を見るたびに、思い出すこと
時々、お母さんと最期に交わした言葉を、思い出します。
「お母さんはもう、自由になるから」 「あなたも、自由に生きていいのよ」
そう言ってくれたお母さんの言葉に、私は、何度励まされてきたかわかりません。
仕事でつらいことがあったとき、家族との関係に迷ったとき。 「自由に生きていい」というお母さんの言葉が、私の背中をそっと押してくれます。
看護師として、母から教わったこと
看護師という仕事を続けながら、私は、お母さんから教わったことを、日々現場で活かしています。
「最期の選択は、ご本人のもの」 「ご家族の想いも、ていねいに受け止める」 「正解は、ひとつではない」
これらは、お母さんとの時間が、私に教えてくれたことです。
患者さんやそのご家族に向き合うとき、私はいつも、お母さんの顔を思い浮かべます。
「もし、私の母がここにいたら、どう感じるだろう?」 そう自分に問いかけながら、ケアの一つひとつを大切にしています。
お母さんを送ったあの経験は、私の看護師としての軸を、深く育ててくれました。これからの私が、伝えたいこと
このサイトを通じて、私が伝えたいことは、たったひとつです。
「お墓ではない選択も、ある」 そして、「その選択を、後悔することは、きっとない」
お母さんを散骨で送って、私はいま、心から穏やかに生きています。
15年というのは、長いようで、あっという間でした。 でも、その時間のあいだ、私が一度もお母さんを「遠い」と感じなかったのは、海とつながっているからだと思います。
お母さん。
これからも、世界中の海のなかで、自由に旅していてね。 時々、私の住む海辺の街に、ふらっと戻ってきて。
私はいつでも、海のほうを見ているよ。